映画「生まれ変わりの村」・・自分が審判をしたがるから神もそうにちがいないと考える(その1) 2015/03/23 3:26 PM 「神との対話」の続きです。 神は言いました。 「あなたがたは自分が審判をしたがるから、わたしもそうにちがいないと考える」 聖書には、神は自分に似せて人間を作ったと書いてありますが、作られた人間の側は、自分に似せて神を考えている・・と指摘しています。 特にスピリチュアル系の人で、自分自身の中に神は宿っていると言う人がいます。 やはりその考え方は傲慢かも知れません。 シェアしましょう ! Tweet « 映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その16) 映画「生まれ変わりの村」・・自分が審判をしたがるから神もそうにちがいないと考える(その2) » コメント まるこ より: 2015/03/25 04:48 人間同士の話しだったら「自分がそうだからみんなもそうに違いない」という考え方は、多くの人が「そりゃおかしいでしょ」と思うんじゃないかと思います。「そんなに自分が中心で世の中まわっちゃいない」って非難されるかもしれないです。でも、こと神についてはまさにこれをやっちゃてるのんだなって思いました。タダでさえ見識が超狭くて何も知らないのに、自分だけを見て神はきっと自分のような存在に違いないって・・・めちゃくちゃ傲慢だし勘違いも甚だしいと感じます。そうやってずっと自分中心で神や神が創った世界を見てきているんだって思いました。
人間同士の話しだったら「自分がそうだからみんなもそうに違いない」という考え方は、多くの人が「そりゃおかしいでしょ」と思うんじゃないかと思います。「そんなに自分が中心で世の中まわっちゃいない」って非難されるかもしれないです。でも、こと神についてはまさにこれをやっちゃてるのんだなって思いました。タダでさえ見識が超狭くて何も知らないのに、自分だけを見て神はきっと自分のような存在に違いないって・・・めちゃくちゃ傲慢だし勘違いも甚だしいと感じます。そうやってずっと自分中心で神や神が創った世界を見てきているんだって思いました。