映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その16) 2015/03/23 3:25 PM 「神との対話」の続きです。 神は言いました。 「審判をしたがるのは人間だけだ」 人間は自由が怖いからだと書きました。 自分や他人を審判することで、それでなくても狭い価値観を、さらに狭めてしまうのだと思います。 そして「高次な世界」とか「魂のレベルアップ」とか言うたびに、今の自分を否定してしまう。 在るがままにモノを見ることができなくなってしまうのだと思います。 明日は、先に進みます。 シェアしましょう ! Tweet « 映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その15) 映画「生まれ変わりの村」・・自分が審判をしたがるから神もそうにちがいないと考える(その1) » コメント まるこ より: 2015/03/25 04:49 それでなくても狭いって、ほんとうにその通りだと思います。ただでさえも狭いのに、審判なんてしてしまったらもう立つ場所ないです。神は審判はしないと言っているので、自己否定せずにありのままを受け入れたら、全体と繋がった「いまここ」に立てるんだと思います。でもそれが怖いからあるがままを否定してしまってきているんだなって思いました。
それでなくても狭いって、ほんとうにその通りだと思います。ただでさえも狭いのに、審判なんてしてしまったらもう立つ場所ないです。神は審判はしないと言っているので、自己否定せずにありのままを受け入れたら、全体と繋がった「いまここ」に立てるんだと思います。でもそれが怖いからあるがままを否定してしまってきているんだなって思いました。