映画「ワンネス」 感謝は分離を加速する

2013/06/15 8:14 AM

 
 スピリチュアルな世界では感謝しなさいと、よく言われます。
 ありがとうを数回言いなさいとも言われます。
 これは分離を作り出すと思います。
 なぜなら乳幼児が母親にありがとうと言いますか?
 乳幼児でなくても幼い子が母親にそれを言ったら、気分は複雑だと思います。
 西洋で感謝は確かに必要だと思います。
 元々、分離されているからです。
 キリスト教の神を見れば分かります。
分離されているから祈りが必要なのです。
日本人は逆に、よろずの神にお供え物をします。
この行為に見返りはないと思います。
 西洋人はエデンの園から抜け出ています。
 しかし日本人はエデンの園にいます。
 あうんの呼吸で、感謝が必要ない世界にいると思います。
 こうして考えると、感謝という行為は、とても微妙だと思いませんか?


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コメント

  1. どせい より:

    「感謝」が「分離」を作り出すとは、とてもするどい指摘です。逆に、「感謝」さえないような間柄は、「分離」していない状態なのだと思います。乳幼児は、母に対して感謝の言葉は言わなくて、逆に言うようであれば、妙によそよそしくなってしまうと思います。

    西洋では、「感謝」が必要で、それはもともと「分離」されているからなのだと思います。西洋は、神に対しても分離していて、だから神への感謝をささげるのだと思います。
    日本人は、よろずの神にお供え物をしていて、お供え物の根本は、感謝というより「共生」ではないかと思います。この行為に見返りはなくて、むしろ、一緒に共生しているのかもしれないです。

    そうなると、西洋人は、エデンの園から抜け出していますが、日本人は、エデンの園にいるともいえるのだと思います。日本人は、神とも共生していて、他者ともあうんの呼吸で、あらためて感謝することすら、必要がない世界ともいえるのだと思います。これまでは、感謝はいい事で、すればするほど良いと、そういう考えてきたかもしれないです。ですが、感謝すればするほど・・、周囲と分離していくともいえるのだと思います。

  2. まるこ より:

    とても微妙だと思いました。自分の手で自分の肩を揉んでも「ありがとう」とは言いません。「ありがとう」と思ったりもしません(笑)でも、家族に肩を揉んでもらったら「ありがとう」と言うと思います。でも、あうんの呼吸の日本では、その「ありがとう」すらも、ちょっと違和感があるのだと思いました。どこかに「ありがとう」と言われた方が、なんかヨソヨソしいというような空気があるような気がします。これは分離感の違いで、西洋はエデンの外、日本は中という例えになるほどと思いました。

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