「ユングの心理学」という本からの抜粋の続きです。
『ユングは元型の一つとして、アニマとアニムスという言葉を使うが、アニマは、ラテン語で魂、生命、風、息吹などの意味をもち、アニムスはその男性形だが、この用語を使えば、太陽の光がアニムスの精であって、それが月を受胎させ、プシュケーを生むというようにも言える』
昨日の書き込みには「古代ギリシャには、太陽から叡智であるヌースがあらわれて月と合体し、そこから人間の心であるプシュケーが生まれたのであって、夢はそのプシュケーの表現」とあります。きょうの書き込みでは、太陽の光が精液であって、女体としての月とエッチして生まれたのが人間の心ということになります。私たちの心は、太陽系がエッチをして生まれたのです。しかもそれはチマチマした地球上でのことではない。ユングは仮説だと言っていますが、なんか、あり得るんじゃないかという気もします。
すごくあり得ると思いました。わたしたちはよく「心と体」という言葉を使います。体は実際の父親と母親がエッチしてできたもので、一般的にはその出どころが問われることはあまり無いと思います。問題は心ですが、これも「心と体」という言葉に囚われて、すごくチマチマした枠組みの中で考えられてきたのではないかと思いました。でも実際私たちは心も体も、その本当の源泉については何も知らないと思います。ユングが心の源泉を考えたその枠組みはとても壮大だと思いました。太陽が父で月が母。イメージしただけで自分の心が一気に宇宙と繋がるような、そんな感覚を覚えます。すごい仮説だと思います。
合体はエッチだったんだと思います。人の心が、人間と一番身近な天体である太陽と月がエッチしてできた・・って、すごく生命的で、ドキドキで、セクシーな仮説です。太陽と月により、たくさんの心が生まれてるんだと思います。太陽と月は、ほとんどいつも見えて、人間の生活とは切り離せない存在ですが、この仮説を聞いてますます身近なものに思いました。
心の大元は天体同士のエッチから生まれたものだという仮説、とってもキました。太陽の光が精液で女体は月。。。そのエッチによって受胎してプシュケーが生まれたのが私の心であたり、私たちみんなの心なのだと思います。太陽のエネルギーと月のエネルギーが一つになって生まれた心は、めちゃめちゃパワフルで壮大なイメージです。今までは心をとても小さな視点で考えてきたんだなって思います。ユングさんの仮説とギリシャ神話のお話が結びついて、とってもすごい仮説だって思います。
心は小さなことに悩んでくよくよしたりして、心は自分だけのものであるような気がします。でも心は太陽と月が合体してできた、とてもスケールの大きなものなのだなと思います。地球の生命誕生のお話を思い出します。地球は水だけの惑星なのに絶妙なタイミングで生命の源が運ばれて生命が誕生しました。心も地球上だけの事ではなく、太陽系規模で生まれたものなのかもしれないと思います。
すごくスケールが大きいなあと思いました。
日常生活にチマチマしていますが
太陽と月がエッチして生まれたのが
心だと思うと
気分がスーっとして気持ち良くなる感じがしました。
ユングの仮説は、スゴイです。
太陽の光が月に注がれている・・惑星同士のエッチにより生まれた私の心・・ほんとにそうかもと思いました。
太陽が父で月が母って、すごいです。本当に心は天候にメチャクチャに作用されています。心が太陽と月からずっと生まれ続けていると思ってきます。なんだかキラキラしてきます。自分の心がどこから来ているのかと思っていましたが、太陽の精をめいいっぱい受けて、月が優しく育ててくれているなんて、ロマンチックだし、楽しくなってきます。たくさんの心があるのも楽しいです。嬉しくなってきます
すごい話で引きこまれました。太陽の光が付きを受胎させる…ほんとあの日々ふっくらとしてく月は身ごもった女性のようですね。満ちてく時や 満月の時の気持ち 欠けてくときや 新月の時の気持ち…なんか…すごくなにかがリアルな感じがする。もしもあれと関係がなけりゃ…月なんて目にも入らないかもしれれないし…すごく不思議感じるお話です。ホントになんかあるんじゃないだろうかと思わされました。本当に心や精神はへんなもんだなぁって思います。地球に当たり前の高低差がなんかしっくりこなかったり…なんか地球をはみでてるきがするし…地球って兄弟だったのかしら…あれ…なんかすごいです…私達…本性みたいなものがあればどっか宇宙由来なのかしらとおもうととても興味深いです。