天文台なのに自分を測定する

2014/09/27 6:20 AM

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 昨日は、月も十二支の原因にはなりそうもありませんと書きました。
 写真は中国古代の天文台です。
 西洋と違うのは望遠鏡がありません。
 西洋が、地球を止まっていると考えて、外側で動く天体を観測したのに対し、中国では自分自身、つまり地球の動きを探ったのです。
 屋上に据え付けられた装置は、自分を測定する装置ばかりです。
 天文台なのに自分を測定するのです。


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コメント

  1. こはな より:

    天文台は天体望遠鏡があって外の星を観測するもの・・中国古代の天文台ではそうではないのだと思います。自分を観測するための天文台。望遠鏡はなくて、この写真の装置から、自分を観測しているのだと思います。中国古代と西洋の視点は異なる・・のだと思います。中国古代で生まれた占いもこの観測方法と関係しているのかもしれないと思いました。もりけんさんの撮影した写真が見れて嬉しいです。

  2. まりん より:

    写真の天文台の装置。。。どれもとても美しい形です。城壁に囲まれた屋上のようなところにいくつも設置されてるのがわかります。形も丸いものや三角のようなものも見えて、今まで見たことのない不思議な形です。天文台が望遠鏡のイメージなのは、西洋の天動説から生まれたもので、中国では自分自身(地球)の動きをはかるための天文台があったことに目からウロコが落ちました。中国で自分(地球)を測定するのは自分の動きや位置がわからないからで常に変化してるという視点があうのに対して、西洋では確固とした不動の自分(地球)が基準になっていて、正反対の視点です。中国では天文台として外にある装置はすべて外側から自分の位置を知るためのもので、基準は外側だと思いました。もりけんさんの指摘がなければ西洋と中国との視点の違いには全く気づかないと思いました。

  3. 和佳 より:

    中国古代の天文台とても興味深いです。西洋は地球が止まってるとかんがえて外の天体を観察したのに…中国では地球の動きを探ったんですね。
    この画像にでてる機材は天文台なのに自分を測定する装置なのですね!!!。
    私は自分の測定っていうのにかすごい衝撃受けました。天文なんだから空見てあたりまえと思ってたので。そして自分を測定した…というのにガーンてきてます。ただぐるぐる回ってりゃいい日とちがって…月替りなんかはやっぱなにか算出しないといけないとこなので…こういう機材で測定されてたのだなって思います。
     
    西洋は外を観察した、そういうところで探求されてた自分…たとえば「私」っていうと…「我思う故に我あり」だったり 同一性とかが大事だったんじゃないかなっておもいます。そして…東洋の自分を測定するという天文学が発達したところの「私」は…占いでは「世」とかいわれて…でそれはなにか変わるし規則を持って動いてるものの部分のようです。なんだかとにかく衝撃の書き込みだと感じてます。
    (私は…映画ワンネスのなかの智也の「自分を信じる…」ていう場面が浮かんできました。セミナーでの「あるがまま」のお話も思い出されてます。なんか目の前に星が飛びそうです)

  4. 小町 より:

    自分が今どこにいるのかと天体の方から見ているのがすごく不思議な感じに思ってきます。自分はその中の一部だと思わないと出来ないと思いました。周りの中で動く地球、視野は広がっていると思います。測るのは自分って、体重計に乗っているような身近なものから、天を見るのは小さなことを発見していると思います。望遠鏡じゃないのがすごいと思います。こんな測り方で見ていたと思いながら、中国の天文台の写真を見ています。

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