写真を見れば仙人らしい場所で瞑想しています。
これも私の著書には登場します。
「いかにも」という感じですね。
しかし・・内情を話します。
昔、黄帝という皇帝がいました(笑)。
黄帝は仙人になりたくてこの山に通いました。
なのでこの山を黄山と言います。
ここは観光地で、行ったのが連休だったのですごい人、人、人
ケーブルカーに乗るまで一時間かかりました。
僕がこの写真を撮った場所もすごい人で
「おーい、早く変わってくれよ」
って感じです(笑)。
修行なんて何もしません。
でも、それがいいんです。
完璧を極めてはいけないです。
旅もどこか、中途半端であったほうが良いのです。
授与された仙人ローブを着ていますが、この瞬間だけです(笑)。
ちなみに仙人に好まれる数字は「9」です。
一個、足りないなあ・・が良いのです。
末広がりの八でもなく、一つ足りない九を好まれる仙人はすごいと感じました。不幸を生きている感じがしました。おみくじで凶を引くことが一番いいことみたいな感じがして、仙人の世界には、良いこととか悪いことがはっきりイエスかノーかで区切られていない感じがしました。どんなことだって完璧を求め出したら不平不満が出てきりがないと思いました。完璧を極めないことで、意識的ではなく、無意識が発動する余地を感じました。こうであるべきとかねばならないの世界ではない、快の世界を感じました
ケーブルカーでこの場所まで行って、順番待ちで仙人ローブ着ているのもすごく楽しげだと思います(笑)修行している感じが出ているけれど、観光客も一緒にいたなんて、写真だけでは想像できないことです。でもそんなお話も仙人修行のひとつなんだと思えて来て素敵です。ひとつに行かないで本当に盛りだくさんで中身は仙人修行をシテみたいになってきます。この黄山で様になるもりけんさんがカッコいいです。
この写真だけ見たら、私たちがイメージする仙人そのものって感じです(笑)白いローブを着て断崖絶壁に座って瞑想してるもりけんさん。。。カッコイイです(笑)おぉ。。。ってなります(笑)見てる私のほうがイッテしまいそうです。けれど実際は観光地でたくさんの人たちが列になって記念撮影の一瞬でしかないのですね。みんな次々とこの場所で仙人風に写真を撮っていたのだと思います。山頂に登るなだけでなく、修行なんて何もしてなくて、完璧を極めてはいけない。。。深いです。中途半端をダメだと思いがちだけど、その中途半端がイイという仙人たちは、数字でも1個足りない9が好きなのですね。中途半端は私そのものです。ほとんどの人たちがそうなのではないかと思います。なのに、中途半端ではいけないとずっとどこかで思ってます。仙人も修行も今までイメージしてきた世界とは全然違って、お話聞いてるだけでそんな思い込みも、そう思う自分も手放されていくような感じです。
黄山では、観光客の皆さんのように、皇帝が仙人修行をした山・・という感じで、訪れていたのかもしれないと思いました。修行はしなかったのだと思います。これも仙人さんの世界なのだと思いました。もりけんさんは皇子様ぽいと思います(笑)
仙人に好まれる数字が9と言うおはなしで、占いと言う文字は古いと言う文字の左側の棒がないやつだと思って妙に興奮を覚えました。「古い」路線に行かないように、フシケンのHPにあったように、「加工」の手を加えて変換出来ないようにするのが占いなのかと、朝から妄想に襲われてます。