映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その13) 2015/03/23 3:23 PM 「神との対話」の続きです。 神は言いました。 「審判をしたがるのは人間だけだ」 人間は自由が怖いからだと書きました。 スピリチュアル系の人で「高次な」という単語を使う人がいますが、審判の世界で生きているように感じます。 「高次な世界につながる」 「高次な自分になる」 こんな感じですが、高次は「高」という字がつくので、そういう人からみれば「低」があるわけです。 自分で審判をしてしまっているわけです。 シェアしましょう ! Tweet « 映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その12) 映画「生まれ変わりの村」・・審判をしたがるのは人間だけだ(その14) » コメント まるこ より: 2015/03/25 04:52 ほんとうは高次も低次もないのに、高低をつけないと落ち着かない、レッテルを貼らないと不安になる人間の性質がこんなところにも現れているんだと思いました。自由が怖いってとても根深いものがあると思います。私たちの生活の隅々にまでその恐れがいきわたっているように感じます。
ほんとうは高次も低次もないのに、高低をつけないと落ち着かない、レッテルを貼らないと不安になる人間の性質がこんなところにも現れているんだと思いました。自由が怖いってとても根深いものがあると思います。私たちの生活の隅々にまでその恐れがいきわたっているように感じます。