映画「生まれ変わりの村」の主題歌のテーマのひとつは「懐かしさ」にしようと思いました。
ところが歌詞でそれを表現するのは無理なような気がします。
文章というのは理性で理解するからです。
しかしメロディを理性で理解する人はいないと思います。感情です。
軍歌だってあのリズムが高揚感を作ると思います。
パチンコ屋で軍艦マーチがかかっているときがありますが、歌詞は歌われていません。けれど「ガンガン勝負しよう」という気分にさせられるのです。
曲ってすごいです。
湧き上がる気持ちに選択の余地すらなくなるとすれば、すごい武器です。
ちなみに私はひとりでいるときに音楽は聴きません。
音楽を聴くと、その音楽に乗っ取られるからです。
それは外側から感情を支配されるからだと思いました。
詩のテーマの一つは「懐かしさ」なのだなと思いました。それは曲での表現が適してるんだなと思いました。軍艦マーチでガンガン勝負しよう!ってなるのが興味深かったです。確かに…大音量のあれを…悲壮感の有る曲にしたらずいぶんと売上が違ってしまうとおもいます。森田さんは一人の時は音楽は聞かないんだなと思いました。それは音楽は感情的で感情を支配されるところがあるからなんだなとおもいました
本当にそうだなって思います。メロディにはなぜか感情が動かされます。そのメロディのもつ雰囲気に一体化してしまうからだと思います。それがわかってるから、もりけんさんは1人でいるときに感情を支配されるような音楽を聴かないようにしてるのだと思いました。曲先が99%なのもリスナーの感情に訴えて支配できるのはメロディだからだと思いました。パチンコ屋では軍艦マーチが流れるというのがわかりやすいです。もしも無音だったり優しい曲がかかってたら、そのパチンコ屋は流行らなそうです。映画やドラマで背景音楽が流れてるのも同じ理由で、そのシーンを盛り上げる効果があるからだと思います。街ではいろんな場所でいろんな音楽が流れてて、気づかないうちに心を動かされてたりするのかもしれません。
「生まれ変わりの村」のテーマは「懐かしさ」。。。何度も何度も永久に巡り会ってるのを思い起こさせるような感じです。そんな感情を伝えるには、曲がぴったりなのだと思います。昨日のメインにあった、曲と詞のどちらか一方だけを優先するのではなくて、どちらも原因になるような感じで、主題歌全体の雰囲気がより伝わってくる感じです。詞と曲、意識と無意識の両方を大事にして作られてるんだと思いました。
懐かしさというのは理性ではなくて、感情である感じがしました。音楽というのは感情を乗っ取ることができるのだと思いました。感情というのは自分のものである、とか感情の原因は自分だと考えてきましたが、外側の音楽で乗っ取られるということは、感情さえも自分が原因ではなかった感じがしてきました
曲だけで、本当にその世界に感情が持っていかれることは経験が有ります。運命があると思います。感情だけは自分のものだとなっているけど、こうも簡単に音楽で左右させていると運命のままなのはほぼ全部だと思います。自分で決めていると思いこんでしまうのに曲に左右される自分に何てことだとも思ってこないものを感じてきます。ひとりの時は音楽に浸らないことも必要なんだと思います。音楽のイメージに意図があると余計に支配されてしまうかもと思います。
音楽を聞いているとき、ひとりで聞いている時は、音楽の表現している何かになってしまっているみたいです。私の中に入ってきてしまうものだと思います。ものすごい影響力だと思います。