昨日は、私は卯年生まれで、家の東に悪いものが置いてあると、卯年に、特に私に良くないことが起こると書きました。
風水は空間です。生まれた年は時間です。
時間と空間がお互いに影響し合うことはあるのでしょうか?
きっとあるのでしょう・・なぜなら長年の風水の研究でそういう実績があるからです。
百歩譲ってこれを受け入れることにします。
でもなぜ年が関係あるのでしょうか?
生まれた月なら少しは納得します。
なぜなら卯月は三月なので、他の月とは違う特徴があるからです。
暖かくなり、花が咲き始めます。
でも生まれた卯年には何の特徴もないと思います。
これは不思議です。
特徴がないのに、特徴のある空間に同期しようがないではないですか?
セミナーからのもりけんさんに浮かんだ問いは、とても深いです。私は同じセミナーを受けて同じ事例データを聞いてもそのままコピーしただけです。家の東のほうに悪いものがおいてあると卯年に、卯年生まれのもりけんさんによくないことがおこることもそのままコピーして「そうなんだ」で終わったと思います。時間と空間がなぜ互いに影響しあうのか?さらに、卯年はほかの十二支と大きな違いもないです。日常では三月だから春めいてきたねという会話はあっても、日常で卯年なので今年は。。。なんて会話は聞いたことも言ったこともないです。人間が勝手に作った十二支の卯年には、そうでなければならないような特徴も性質もないように感じます。そんな卯年には特徴がないのに、なぜ空間と同期して運命の情報を表現できるのか、まったくわからないです。長年の風水の研究データをとても大事にされ深く理解されて、さらにその向こう側の原因の世界への問いが生まれたのだと思いました。時間と空間が互いに影響しあうことまではデータから譲れるとしても、ほかとの差を検出できない特徴のない卯年という年が関係するのか、そこにとてもひっかかる指摘に、しびれました。自分には全くなかった視点と問いにもりけんさんを通して出会えて、それは神の視点(システム)を知ることだって思います。
時間と空間がお体外に影響しあうというのも謎ですが…風水の研究ではそういう実績があるんだなと思いました。生まれた月の影響はまだ納得されるとこがあるんだなと思いました。日に日に暖かくなり花がさいて…そういうのは人にとても影響しそうです。生まれた年は…何の特徴もないのだなとおもいました。本当に不思議です。なんかやってきていたとしてそこに特徴も何にもなければ…ある特徴やパターン、関連性とかで…同期させたり検出したりが出来ないです。全く感じられないエネルギーが…問題になってるのだなと思いました。でもこの世界はどうみたって物理を超えてるようなものはない感じです。運命もいちいちなにかしら、間接的にでも物体をとおして作用してなかったら…そんな治外法権みたいな特別のエネルギーがありだなんて…なにか…やってられないよ~ってなります。…なにもないのにものの有る空間に作用する年…いったいなにか…皆目検討もつかないです。
何の特徴もないことに本当にそうだと思います。私は十二支が年や月、日に順に割り振りされているのに、月の特徴はよくわかってきます。日も変化を感じてくると思います。巡ってくる感じが感じられていると思います。でも年はいつも同じで卯年だからこうだとはいうものを感じたこともないと思います。空間にも十二支があるけれど、どう連動してくるのかは根本は知らないままだと、もりけんさんの問いにあっと思います。風水の実績をそうかと鵜呑みにしてしまうのは、タダ利用したいだけだという自分も見えてきます。
特徴のあるものから影響を受けるのは卯月のところを読んで、そうだと思いました。 毎年卯月になると暖かくなり桜が開花する ニュースとかあります。春に咲くサクラは 真夏にも真冬にも咲かなくて普通は卯月な のだと思います。ひまわりは夏に咲いていて、空間の中にあるモノと時間が関係していると思いました。だけど、卯年のニュー スみたいのは聞いたことがないです。特徴 ないと思います。風水の長年の実績があり 百歩譲り受け入れられているけれど、卯年は特徴ないのになぜと問われたのだと思い ました。この問い自分では思いつかないです。