昨日は、釈迦は「あの世のことはワカラナイ」と言ったそうですと書きました。
それに対してこういうレスもありました。
「釈迦が あの世のことはわからない、、、、、といったのは、竜樹菩薩ナァガルヂュナァが、それまでの佛典から、あの世や、不思議現象、霊的な事柄、についての記述を削除改竄したからです。アの当時、超能力ヤ霊的な能力が一大ブ一ムトなり、危険を感じたから、そのような対処を為したのです。竜樹菩薩ナァガルヂュナァも超能力者、霊的能力者でした」
いずれにしても宗教が生まれるのは、あの世の事象が最大の原因だと感じます。
あの世が解明できてくると、世界は大きく変わると思います。
やはり、天動説から地動説への変化どころの騒ぎではないでしょう。
あの世のことを釈迦がワカラナイと言った背景にどんな理由があったとしても、あの世の事象。。。涅槃はあるか、地獄はあるか、裁きはあるか、因果応報はあるか。。。が最大の問題でそれを元にしたのがこの世の宗教だと思います。宗教の世界では死後の世界、あの世の事象から、この世の私たちに生き方や価値観を説きます。けれど、あの世に実際にいって前世もあの世も記憶したまま生まれ変わってきた人たちの証言は、ワカラナイと思ってきたあの世、さらに釈迦が危険を感じてワカラナイと言ったかもしれないあの世、宗教が生まれる要因となるあの世をすべて生きた証言として知ることができます。想像もできないほどにものすごいことです。天動説から地動説は、キリスト教にとっての大問題だったかもしれないけれど、あの世の解明は、この世の宗教だけでなく、社会、政治、法律、経済、教育。。。人間の作ったあらゆるシステムの土台にあった価値観や常識がひっくり返ります。誰にとっても自分の死は切実な問題で、あの世があるとしたらそこでの裁きや評価、因果応報はものすごく恐怖です。死後やあの世のことが解明されるのは、人類が誕生して以来一度も経験したことのないものすごい変化だと思います。
天動説から地動説のさわぎではないところに今いるのだと思いました。自分ではそのことの重大さも問いもないと感じました。世界が変わるとき、情報がある感じがしました。あの世の解明が世界を自動的に変えるのかもしれないと感じました
あの世のことがわからないから、いろいろ調べたいけどすべが無くて、宗教の言われているのを信じてしまうし超能力者や宗教とかいかにもと聞いてしまったと思います。わからないからわかっているとされるのを鵜呑みにしてしまったのだと思います。不確かなものは受け入れられずにいたと思います。あの世のことを本当に知る日が来て、自分のもっと違うものの存在が大きく変わってしまうと思います。世界のことを知らな過ぎたと思うと思います。
あの世の情報は、映画や本の「生まれ変わりの村」で、私にも届き・・あの世の解明は、他人事ではないのだと思います。